俺の人生は何だったろうか。

小学校5年生の時に転校し、狐に化かされ、木を降りた所刺さる。就職列車に乗せられて着いたところがプレス工場。
機械運転をしていたら指を怪我してなくすことになった。でも運転免許証を取ることができた。そのあとでタコ部屋で暮らすはめになった。

故郷に帰てからある会社の部長の自家用車の運転手になったそこで入札の不正を知った。会社同士のところに相手の部長を呼んで宴会をした。そして、私もおいしいものを食べた。昔はでたらめだった。時効になったから、説明する。当時の政治ゴロのことも説明する。政治ゴロの運転手時代に当時の県知事が政治ゴロのドアボーイしたところを見たこともある。政治ゴロが自分に言うことには、自家用車に追い越しされたら、追い越しをしろう。罰金は払う。追い越ししろ。曲がりくねった道を通ったら一直線に出てる。追い越しをかけたらパトカーが見えた。一瞬パトカーが見えたから速度を落とした。自家用車はそのまま行った。自家用車は止められた。俺は止められた。パトカーに急ぎの用事があるからと言った。パトカーは見逃してくれた。

日揮大分でみかんを取りに行ったこともある。

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